5. デザインであなたが変わる!?

5-4.デザインとブランド

「ブランド」とは何か。もともとは、放牧した牛が自分のものだと分かるように、焼き印を押したところに由来する。そのうち、肉の旨い牛とそうでないものを見分ける目印となり、さらに、それ自身が価値を持ち始め、一目で見分けがつくことが期待されるようになる。

1980年代の初めホンダは、2代目「ホンダプレリュード」、初代「ホンダシティ」、3代目「ホンダシビック」など個性的な商品を次々と世に送り出し、ひと目でホンダと分る「デザインアイデンティティ」を確立しつつあった。

これらは、それまでホンダが「コア・コンピータンス(核技術)」としてきた軽量小型高性能エンジンに加え、「人間尊重(企業理念)」に基づく「M・M(マンマキシマム・メカミニマム)」という独自の技術コンセプトで形成され、競合他社が容易に追随できないだろうと見ていた。

が、他社も、こうしたホンダの動きに手をも招いていたわけではない。2年もすると、こうしたデザイン手法はたちまちキャッチアップされ、素人目には見分けのつかないものも登場してきた。

そんなある日、「やいやい、最近の車みんな同じに見える。ウチのかよそのかの見分けがつかん」と本田さんが。

「よそがウチににじり寄ってくるんです」と半ば得意げに説明した。「いけない」と思ったがあとの祭、ますます恐い顔で「人のせいにするな」と一喝。結局、ホンダと一目でわかる「4輪マークをつくれ」ということになり、私がその責任者となった。

ホンダの羽根マークや英字ロゴができて30年余り。4輪の「H」マークも使い始めて20年近い。いずれも創業者方の思い入れが強いもの。合意を得るのが大変だと覚悟した。

まず、今あるマークや英字ロゴが出来てきた経緯、それらの世間での認知度や評判を調査。同時に新しい4輪マークをつくるために、内部デザイナーによるもの、従業員からの公募、それに世界の著名なデザイナーへの委託と3つの方法で進めることに。

期待以上の数が集まった。面白いことに、羽根マーク派、ロゴ派、Hマーク派、それに新作派とそれぞれ同じくらいの数に。当初定めた選定要件の、“ホンダらしいこと”“識別しやすいこと”に照らし100点位に絞った。が、そこから先が進まない。

そこで、マークのもつ「意味」を明確にする、という項目を選定要件に加えた。応募や委託の作品の中にはデザイン的に優れたものが多くあったが、「意味」や「使い方」という点では内部デザイナーの方に分があった。要件に合うものの中から最後の一つを選ぶ段になって、やっぱり本田さんに、となった。

「おまえが行って来い」と。上司に連れられご自宅に伺う。予め選んだ100点を並べ何の説明もせず、「よろしくお願いします」と。勿論その中には、選んでもらいたい「一つ」もある。神に祈った。数分経って「これかな」と。それがなんと、その「一つ」、天にも昇る気持ちだった。帰りがけ、「そうだ、F1復帰第1戦からこれを使えや」と。凄いアイデアだと思った。

「以前教わった「○△□」の考え方に添って、マークの縁は三味線の箱の輪郭で、四角を基調に丸みのある張りを付けました。断面は三角です。ベンツは丸うちのは四角、ベンツはスリーポイントうちはのフォーポイントです」という、あらかじめ用意した説明は不要だった。

以後、F‐1の連勝でマークの認知度が高まった頃を見計らい、ホンダの車には順次、新しいHマークが付くようになった。このようにして、ホンダの商品に対する考え方を、デザインを駆使して商品に具現化するとともに、商品マークの作成によってさらに強力なブランドの確立を目指したのである。

デザインは、多様化するニーズに応え様々な地域の人々に貢献することで、世界の人々と永続的な関係をつくり出すことができる。その意味でデザインは、ブランディングのための有力なツールでもある。人々へと向かう商品は、人々が理解出来たりその心に訴えかけたりするためにデザインされる。が、ブランドは、その商品のために施すいわば「速記」のようなものと言える。

強力なブランドは、人々に直接語りかけ暮らしをより良いものにする。そして、そのブランドをつくるデザインこそが、そうしたグローバルブランドの場をつくり出せるのではないだろうか。ブランドは目に見えない。それを、商品やマークなどで目に見えるように形づくるのが、デザインの重要な役目とも言える。