2. デザインにとって大切なものは?

2-6.形の基本

1970年代のはじめ、並んでいる初代シビックのモデルを眺めながら、「スタイルの基本は、やっぱり四角だな」と本田宗一郎さん。

さらに、「世の中にはな、形は三つしかないんだ。○と△と□だよ。丸は『円満』、三角は『革新』を連想させるよな。四角は『堅実』な感じがするだろ。企業の経営もそうなんだが、円満だけでは会社は潰れる。革新だけを追い求めるのも危ない。やっぱり基本は堅実でなきゃ。そこで時代の動きを良くみて、円満さや革新を適量、上手に混ぜ合わせて行くことが大事なんだ」と。

またさらに、「スタイルも同じでね。とくに車のように高い買い物は、そこら辺を良く考えなきゃいかん。丸や三角に偏ると、最初のうちはいいがすぐに飽きが来る。その点、四角は丈夫で長持ちだよ」と続いた。

そう言われ、あらためて初代「ホンダシビック」の姿を眺めてみると、基本は台形で四角い格好をしていて、角は適度に丸められているし、ポイントではしっかりとエッジが効いている。世界中の人々に、7年もの長きにわたって買ってもらえたのは、きっと、こんなところに理由があるのかも。

街を走っている車をあらためて眺めてみる。確かに、丸い車、三角な車、四角い車と様々だが、○△□の一つだけを主張している車は、目立ちはするが売れていない。

車の形は荒削りの方がインパクトがある。そうは言っても、三角ではきつ過ぎて取っつきにくいし、丸めすぎると引っかかりがなく、誰からも振り向いてはもらえない。頃合いが難しいのだ。若い連中の荒っぽさだけでも経験者の手練だけでも駄目で、七三か、八二の組み合わせが丁度いい。

これまでに成功した車を見ると、ほとんどのものは荒削りな魅力を持っている。が、それらがマイナーモデルチェンジの度に角がとれ、これを2~3回繰り返すと、全く主張のない腑抜けたものになって、そのうち世の中から消えてしまう例は少なくない。

それらは、「洗練」という名目のもと、悪いところを取り除くことに執着し、「洗う」ことで隠されてしまっていた「本来の良さ」を再び表に出し、それを研ぎ上げ「練り」込んでゆくという、「洗練」の真意を忘れたからに相違ない。

1980年代の半ば、新本社ビル建設計画が進んでいた。「これは、創業者である本田さん、藤澤さんお二方の、いわば『モニュメント』であり、出来るだけお二方の意を汲みたい」、との意向が建設会社の設計責任者に伝えられた。設計を担当する方々が、お二人にご意見を伺いに行ったところ、お考えが分れたという。

ビルの外観について、本田さんは「四角がいい」と、藤澤さんは「丸がいい」と言われたらしい。困り果てて、本社ビル建設のプロジェクトリーダーである専務に相談したところ、「シビックのようなビルにしたらどうだろうか」、「シビックの形は本田さんも藤澤さんも気に入っているし、世間にも評判が良い。そこら辺の秘訣は、つくった当人が一番良く知っているから、直接聞いてもらった方が手っ取り早い」と言うことで、私が呼ばれることになった。

建築設計の錚々たる方々が、私のような若造が何を言い出すかじっと待っていた。しかたなく、「みなさんにお尋ねしますが、シビックはどんな形に見えますか」と切り出してみた。

「どうかご自分のイメージを、お一人ずつおっしゃって下さい」とお願いする。「僕は何だかコロッコロした丸い感じがするなあ」と最初の人。「私はガチッとした四角いイメージだよ」と次の人。「丸でも四角でもない、そう台形かな」と車雑誌をよく読んでいそうな人。さすがに三角だと言う人はいなかったが、丸だ四角だと、十人十色で意見が分かれ自己主張が一頻り。

頃合いを見計らい、「そうなんです。一つのモノがいろんな形に見えるんです」と言って、生意気にも本田さんに教わった「○△□論」を披露した。

「人は、それぞれ自分の好きな形を持っています。いろんな人を相手に商売させていただくには、いろんな形に見えるように、たとえば、丸が好きな人には丸く見えるようにと心を配ります。誰が見ても一つの形にしか見えないモノは、一時、爆発的に売れることはあっても長続きはしません」と。

「三角の方はいらっしゃいませんでしたが、台形は三角と四角のあいのこです。三角はシビックの場合、さしずめ隠し味と言うところでしょうか」とつけ加えた。今でも本社ビルの前に立つと、そのころのことが懐かしく思い出される。