21世紀を迎えた‘01年、母校である多摩美術大学生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻を与かる。教鞭をとるようになって最初に手がけたのは、学生たちがデザインを勉強するに当たり、何を大事にすべきかを明確に示すことであった。企業で長く商品開発やデザインに携わってきたものの、デザインで大事なものを一言で、となると、なかなか難しい。
考えた末に思い当たったのは、1989年、名古屋での世界デザイン会議にスピーカーとして招聘されたとき、「あなたにとって、デザインで最も大事なことを『一言』で」という投げかけがあり、そのとき咄嗟に答えたのが、「!?」であった。
「!?」は、「?」と「!」を合わせたもの。「?」はQuestionで「探究」、「!」はExclamationで「感嘆」、あるいは「不思議がる心」とか「感動する心」ということになる。二つあわせて「好奇心」とも言える。このマークをA版全紙のパネルに拡大し、1年から4年まで、それに大学院も合わせて、全ての教室の入り口に掲げた。
学生から質問が来たとき、斯く斯く云々と説明をし、そして最後に、「!?」をもたない者は教室に入れないぞ、と釘を刺した。学生たちは教室に入るたびに、少なくとも4年間は、否が応でも、この「!?」を見ることになる。学生たちは「!?」を、目に胸に焼き付けて卒業していった。
ことあるごとに、学生たちに話したのは、たとえば、通学のとき道を歩いていて、ボケーと歩いているのと、あたりに気を配っているのでは大きな違いだ。歩道と側溝との境目のほんの小さな隙間に、この辺りではあまり見ることのない花が咲いている。「なぜだろう?」、「この種、どこからきたのだろうか?」、「鳥が運んできたのだろうか?」、などと考えを巡らせてみる。
そのときは、すぐには答えが見つからないかもしれない。が、あるとき、クラスメイトの下宿を訪ね近くの公園を歩いていたら、なんと、その公園の花壇に咲き誇っているあの道端の花を見つけたのだ。「アッ、ここから飛んできたんだ!?」「こうして花壇一杯に咲いているのもきれいだかど、道端に一輪咲いている花も、いいな!」、と。
次の日、通学路で、また、健気に咲いている一輪のその花に会った。心が動いたのを感じる。心が動くというのは「感動」のこと。これが「想像力」の源だと思う。心とは、知・情・意であると説く先人がいた。知とは、もちろん知ること。情は、動くという意味である。たとえば知らせが動いて情報。意は心に決めること。分かり易く言うと、あなたを知り、心が動いて、あなたに決めた、という風に。
もう一つ、デザインを進めるうえで大事なこととして、「5W1H」がある。これはホンダに入ってすぐに覚えたもので、もう40年近くお世話になっている。ご存知の通り、Who, When, Where, What, How, Why(だれが、いつ、どこで、なにを、どのように、なぜ)。
のちのち、「?」と「!」について面白い発見をした。「5W1H」の中で、「?」と「!」の両方を使うのはWhatとHowだけ。デザインの語源でいう目的と方法だ。そして他は「?」だけを使うわけだが、この代表格が「Why」である。私は困ったとき、いつもこのWhyの助けを借りる。なぜ?と問いかけてみる。Whyをモノづくりのための「魔法の杖」だと言った人がいるくらいだ。これで何度助けられたことか。
私の授業で、この「5W1H」を使った演習がある。学生にはまず、自分のやりたいデザインについてレポートを書いてもらう。その中に、「5W1H」がきちっと書き込まれているかを確かめ、その上で、無駄な部分をとことん削ぎ落とし、これ以上削れないほどの短文に仕立てる。
これをもとに情景を想像し文章を絵に置き換える。自分のやりたいデザイン(モノ)が、どのように使われているかのシーンを描くのだ。使っている人が喜んでいる姿が表現できれば、さらに良い。でき上がった絵を見ながら、もう一度「5W1H」を書き直してみる。これを何度も繰り返していくうちに、自分が何をやりたいのかが明確になってくる。
別に、実際に絵を描かなくてもよい。頭の中で情景(シーン)を想像するだけで良いのである。「頭に描く」ということだ。「だれが、いつ、どこで、なにを、どのように、なぜ」という具合に、である。これならば、誰にでもできる。